お小遣い1日800円の僕が10万円貯めるブログ

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はじめまして

当ブログにお越しいただきありがとうございます、当ブログを管理運営していますもっさんと申します。簡単に自己紹介から。

ロスジェネ世代と呼ばれたくない30代、岡山生まれ岡山育ち、大学は山梨のFラン大卒業、就職は首都圏のブラック会社に勤めて幾星霜、一念発起し転職を決意、2017年に岡山に帰ってきました。

ところが岡山で転職した企業もブラック企業でこのままでは使い捨てられてしまうと感じ、なんとかお金を貯めようとブログを始めた副業サラリーマンです。

既婚、子育て真っ最中の1児の親です。

 

このブログについて

主なテーマはポイント、マイルを貯めて生活を豊かにする方法を紹介を主としますが今後は資産運用やライフハック、ガジェット他雑記など幅広く記事にしたいと思っています。

 

僕が岡山に帰ろうと決断したときのはなし

僕は昨年の8月まで千葉の松戸に住んでいました。岡山県に生まれて高校まで岡山で育ち、大学は山梨のいわゆるFラン大学に通い、就職は親にも友人にも特に相談せず東京の会社を受け、たまたま受かった会社に入社しました。

世代で言うと松坂世代、今でいうロスジェネ世代ですね。確かに就職氷河期でして何社か就活しましたが、わりとあっさり就職は決まりました。仕事はいわゆる3Kの仕事でしたがその当時は納得して入社したつもりでした。しかしこの会社がブラック企業でして、朝は早いはサービス残業当たり前、上司からのパワハラなんて日常茶飯事でした…とこのはなしはまた今度。

苦労はしましたが大学のゼミの同級生だった嫁と結婚し千葉に住んで、あぁこのまま関東に根を張っちゃうのかなーとどこか他人毎のように考えながら毎日を過ごしていました。

そんなふわふわしていた僕が岡山に帰ろうと決断した時のはなしです。

何が岡山に帰ろうと決断させたのか、それは以下のです。

  • 東日本大震災に遭遇した
  • 娘が生まれた
  • 仕事のこと
  • 故郷をなんとかしたいと思った
  • 実家

東日本大震災に被災した

東日本大震災当時、千葉の松戸に住み東京の葛飾区にある営業所勤務でした。当日はたまたま病院に入院していて病院で被災しました。嫁も東京の飯田橋の会社に勤めていて会社内で被災しました。

私がいた病院は造りが古く余震で倒壊する危険があるから自宅に帰れる人は帰宅しなさいとのはなしが出る中、手術をした翌日に被災したため帰宅することができず、余震で揺れる病院で一夜を過ごしました。

嫁も勤めていた会社から帰宅命令が出ましたが当時交通網は大混乱、本来なら僕の見舞いに来てくれる予定でしたがそのまま会社待機となりました。翌日僕も退院し嫁も無事帰宅することができました。

震災があった年の夏、私たちの両親も含めて家族会議がありました。その時に千葉ではいまだ余震が続いていたこと、余震が長く続いたため嫁が精神的に疲れていたこと、福島の原発事故のこと、様々なことを話し合い遠くない未来に岡山でなくてもよいから関西圏に帰ってくるよう言われました。

嫁の実家も京都でしたのでやはり近くに住んでもらいたかったのでしょう。僕もよく考えていずれ西日本に帰ってくることを約束しました。

しかし実際に帰ってきたのはそれから6年後になります。

娘が生まれた

岡山に帰ろうと決断したものの仕事の忙しさに甘えて転職活動もせず優柔不断のまま過ごしていた2015年の冬、こんな僕にも娘が生まれてくれました。

娘が生まれてこんなかわいい顔で僕を親としたい甘えて、時には夜泣きをし困らせてくれる娘。この子の人生を豊かにするのも貧しくするのもすべて僕の決断にかかっているんだと責任感が生まれきました。また千葉の松戸に住んでいましたが、松戸はとても住みやすい町でしたがやはり故郷岡山の豊かな自然を感じてもらいたいと思うようになりました。

子供と一緒にいるとういう生活は確かに大変ですが、しかし毎日がこんなに充実するとは思いませんでした。僕も子供がいないときは別に子供いなくたってゲームはあるし映画はあるし、きれいな嫁さんはいるし最高でしょと思っていました。しかし、価値観は一変します、すべて子供中心の生活になろうともこの子の笑顔のためなら頑張れると思えるようになったのです。

仕事のこと

東京時代の仕事は所謂ビル設備メンテナンスでした。朝は早く深夜まで業務があることもありました。働き続けるうち一つの思いが浮かびます。この業務、確かに東京ならパイが多く仕事も多いけれど、別に東京に必ずしもいなければ出来ない仕事ではないな、岡山や地方でも程度の差こそあれど同じ仕事はあるだろうという思いです。

東京にしがみつく必要がない仕事ならば東京を離れて、地方岡山で頑張ってみようと思いました、そんな時に地元岡山の企業に同業の紹介を頂ける機会がありました。当時は36歳、正直転職にはもう遅い年齢です。仕事を探してもそこは地方、正社員の募集はないような状態でした。

そんな時に岡山で正社員として迎え入れてくれる話があり正直悩みました。今この転職のはなしを受けて失敗して後悔するか、面接すら受けずに10年後あのときのはなしになぜチャレンジしなかったんだという後悔を引きずって生き続けるどちらの人生が良いのかと考え、たとえ同じ後悔をするのならチャレンジして後悔しようと思い転職の話を受けました。

故郷をなんとかしたいと思った

岡山を離れて20年、盆や正月には帰ってくるけども所謂失われた20年は地元にも停滞の空気感がありました。僕こそ勝手に東京に出ていった身、ひとりの力でどうこうできるものではないけれどいつかは地元に戻り微力ながら貢献したいと思っていました。

実家のこと

両親も歳をとりました、まだまだ元気とはいえ老後の心配をする時期です。両親に話を聞くと正直もう僕が岡山に帰ってくるとは期待していなかった、関東で幸せに暮らしてくれればそれで良いと思っていたそうです。そんな両親にも最後の親孝行ができそうです。

また僕の家系もいろいろ大変でして整理せねばならないことがあります。長く続く家だけに歴史も事件もあるようです。その話をすべて聞き絶やさないよう引き継いでいくこともせねばなりません。

 

最後に

以上僕の簡単な自己紹介とブログの方向性、岡山に帰ろうと決意した理由他でした。基本ネガティブ野郎ですが、下を向いて文句ばかりいっていても何も進まないので前を向いて頑張ります。

今後ともよろしくお願いします。

プロフィール
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